他人の子どもが嫌い。可愛くない。これって変?

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他人の子どもが嫌い。可愛くない。これって変?

「人には言えないけれど、他人の子どもが嫌い・可愛くないと思っている自分は変?」と悩んでいるという方、いらっしゃいませんか?

この記事では「他人の子どもが嫌い。可愛くない。」と思うことが変なのかどうかについて、一緒に考えていきましょう。

「自分は変なのかもしれない」と自分自身を追い詰めている方、良かったらぜひ参考にしてみてくださいね!

他人の子どもが嫌い。可愛くないのは変?

「他人の子どもが嫌い。可愛くないのは変?」と思われている方、私は全く変だと思いません。
というのも、私も他人の子どもは苦手だからです。

もちろん「親になって自分の子どもは可愛いと思えるのに、他人の子どもが嫌なんて、自分は欠陥人間なのかもしれない」と悩んだ時期もあります。

でも自分だけだと思っていたら、結構周りにも「他人の子どもなんて眼中にない」とか「嫌い」「苦手」といった意見を聞いて「自分だけじゃないんだな」と凄く気持が楽になりました。

実は人に言わないだけで、「他人の子どもが嫌い」という人って沢山います。
だから、よっぽど「他人の子どもに危害を加えたい」と思うようでなければ、気にする必要はないと、個人的には思っています。

そのワケとは?

他人の子どもが嫌い、可愛くないと思うのには、いくつかの理由が考えられます。

①もともと子どもが苦手・嫌い

もともと子どもが苦手だったり、嫌いだったりすると、自分の子どもは可愛いけれど他人の子どもは嫌いとか、可愛くないと思うのは仕方がないのではないでしょうか。

私もまさにそうです。

もともと子どもが苦手で、どう接していいのか全く分かりませんでした。
だから、初めての甥っ子が生れた時も、可愛いんだけど関わり方が分からず戸惑うばかりでしたよ。

自分自身も子どもを産んでからは、赤ちゃんに関しては他人の子どもでも可愛いと思えるようになりました。
でも、喋り出して自我が芽生えた子どもは変わらず苦手ですし、正直自分から積極的に関わらないです。

②わが子の出現で「可愛い」基準が出来た

人によっては、自分は子どもが好きだと思っていたけれど、他人の子どもを全く受け付けなくなったという人もいます。

それは「自分の子どもが一番可愛い」という基準が出来たからかもしれません。

我が子が一番可愛いので、他人の子どもが可愛く見えなくなってしまったというのも、なんとなく合点がいきますね。

③面倒

子どもと関わると、子どもの要望を聞いたり、突然大きな声を出したり、泣き出したりわがままを言ったりした時の対応が面倒で嫌と言う人もとても多いのではないでしょうか。

我が子なら、注意したり適度にスルーしたり出来ることが、他人の子だと人の目が気になったり自分の子ではない分、気を使ったりするので対応がとても面倒だったりするんですよね。

④子どもの親のことが苦手

他人の子どもが苦手だと思っていたら、実は苦手だと思っていた子どもの親が嫌い・苦手で、その子どもも受け付けなくなったという方は非常に多いのではないでしょうか。

実際、私にも経験があります。

子ども同士はすごく仲が良いし、始めは苦手ではなかったのですが、その子の親が非常に距離感が近くてパーソナルスペースにグイグイ入ってくるタイプの方で、私が限界でした。

今は子ども同士が小学生になり、以前のように毎日連絡がきたり、私の予定の把握までされなくなり、距離が出来た分気持ちが楽になりましたよ。

でも、このお母さんの子どもに対しては、他の子では気にならないことでもすごく気になってしまい、今も苦手意識が強いです。

どう接したらいいの?

①当たり障りなく

どうしても子どもが小さいうちは、子どもの傍にいて他の親子とも関わらなければなりませんよね。
そんな時は、当たり障りなくその子どもと関わるのが良いですよ。

私は引越して来たばかりで、何とか子どものためにお母さんとも子どもとも仲良くしなければと、相手の子どもと一生懸命関わりましたが、本当に疲れました。

結局そのお母さんからも、「子どもが好きな人」「自分の子どもを可愛がってくれる人」の認定をされてしまい、毎日毎日一緒に遊ぼうと誘われてきつかったです。

子どものためでも、子ども同士が遊ぶものなので、頑張り過ぎない方がいいですね。

②自分が関わりたいなと思う範囲で

私自身は他人の子どもが苦手ですが、寄ってきてくれた子どもに対しては話をしたり、自分に無理のない程度に関わったりします。

子どもが小さいうちは、我が子との間を取り持つ形で関わる必要が多かったので疲れました。でも下の子が幼稚園に入園してからは「子どもの世界は基本的に子どもでどうぞ」のスタンスに完全に切り替わったため、他人の子どもとガッツリ関わる機会もものすごく減りましたし、気持ちが楽になりましたよ。

関わる必要があるうちは、自分が「このくらいなら関われるな、関わりたいな」と思う範囲で関わったらいいのではないでしょうか。

③「自分の子どもがされたら」を基準にする

私の場合は、「自分の子どもがされたらこれはちょっと悲しいかな」というラインを基準に関わるようにしています。

子どもが苦手だったり嫌いでも、「この人はもしかすると子どもが苦手か嫌いかな」というのが分かれば、私もそうなので、別に自分の子どもに対してにこやかでなくても気になりません。

でも暴力を振るわれることはもちろんですが、「寄ってくるな!」とか「うっとうしい!」と怒鳴られたりして、子どもが恐怖を感じるようなことは絶対に嫌です。

だから、他人の子どもに対してもそういった恐怖を与えないような対応は心がけるようにしていますよ。

邪険にしないとか、威圧感を与えないといった、我が子がされて嫌なことはしないというのを基準に関わってみてはいかがでしょうか。

ぶっちゃけ解決法はあるの?

他人の子どもが嫌い・可愛くないと思う気持ちをどうにか解決したいと思っても、ぶっちゃけ解決法なんてないんじゃないかなと、私は思っています。

私の場合は、妊娠前までは子ども全般が苦手でしたが、自分の子どもを産んでから、他人でも赤ちゃんは可愛いと思えるようになりました。
でも大きくなってきて、自我が芽生えて駄々をこねたりうるさかったり、わがままな子どもはやっぱり苦手です。

また、小学生になって屁理屈をいいだすと、面倒で本当に関わりたくない気持ちが強いですね。

だけど私の場合ですが、他人の子どもがみんなが嫌い・可愛くないかというと、そうではありません。
子どもの中には、私と「相性のいい子」もいるんです。

屁理屈をいっても礼儀正しかったり、どこか憎めなかったり、頻繁に私に絡んでこないといった、「この子は苦手じゃないな」っていう子がいます。

もしかすると、私の場合は子どもとも対等な付き合いをしようと思っているから、子どもとコミュニケーションをうまく取ることが出来ないことにイライラしているのかもしれませんね。

正直、何とか他人の子どもを好きにならなければと思うのは、辛いです。

根本的な解決策はなくても結局のところ、子どもの友達は子どもの友達ですし、無理に関わらなくてもいいのではないでしょうか。

また、子どもが大きくなってくれば子どもとの関わりはどんどん減っていくので、自分の「ここまでなら大丈夫」の関わり方をすれば、無理なく付き合うことが出来ますよ。

他人の子どもが苦手でもしょうがない!

私自身、福祉科のある大学に通わせてもらったので、「児童福祉」に興味があるとか、「子どもが大好き」という人が周りにすごく多かったです。

実際、大学で一番仲が良かった友人も子どもが大好きで児童福祉の道へ進みましたし、大学で出会った主人も子どもが大好きという人でした。

そんな人たちの中で「子どもが嫌い、苦手」というのは、自分は人間としてものすごく大事なものが欠けているんじゃないかなとずっと思っていましたよ。

私は子どもを妊娠してから初めて子どもを可愛いという感覚を知りましたし、出産後ようやく他人の子でも赤ちゃんは可愛いと思えるようになりました。

でも、やっぱりどうやっても無理なものは無理という人だっていますよね?

どちらかというと、「人類がみんな、全ての子どもを可愛いと思うべきであり、そうでないのがおかしい」と思うこと自体がおかしい
です。
それぞれ1人1人違う人間であって、考え方も違います。

ただ社会の一員として最低限、人を傷つけないというところを守ればいいのではないでしょうか。
そして、大人として困っている子どもがいれば手を差し伸べる、ここだけ押さえておくだけで十分だと、個人的には思います。

だから「他人の子どもが嫌い・可愛くない」なんて思う自分は最低だなんて思う必要はないですよ!自分を追い詰めないでくださいね。